herstory  

〜 便所 〜



  彼女の父の実家は鹿児島県の南の方、
  加世田(かせだ)市の山の中にあった。
  薪を燃やしてたくお風呂、ぼっとん便所など
  普段の生活では体験できない世界にそこでは出合えた。

  彼女はそのぼっとん便所がとても恐かった。
  穴から下を覗くと、暗い底がはるか遠くに見えるのみ。
  絵本で見た地獄に通じていると思った。
  足を踏み外して穴に落ちてしまったらどうしよう、
  穴から手が出て足をつかまれたらどうしようと思うと、
  彼女はさっさと用を済ませて慌てて出てくるのであった。

  ある晩、どうしても夜中にトイレに行きたくなった。 
  昼間ですら恐いトイレに夜一人で行きたくなかったが、
  がまんも限界に達していた。
  勇気をふりしぼってトイレに入った瞬間、
  彼女の目の前に見たこともないくらいの巨大グモが現れた。
  大人の手ほどの大きさのクモはトイレの隅にでーんと居座っていた。
  ひゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  彼女は悲鳴をあげて飛び出した。

  それでもしばらくするとやっぱりがまんできなくなった。
  おそるおそるもう一度そーっとドアを開けて中をのぞく。
  やっぱり巨大グモはそこにいた。
  見れば見るほどその大きさに彼女の体は硬直した。
  お化けグモが地獄からはい上がってきたんだ。
  あんなのが顔に張りついたら死んじゃう
  彼女はもう泣くしかなかった。
  結局彼女は寝ている母をたたき起こし、
  外についてきてもらって用を済ませた。

  山の田舎には町では見られない生き物に遭遇する。
  その後も彼女は、トイレ以外でも台所や風呂場で巨大グモや巨大ムカデに遭遇し、
  そのたびに泣き叫びながら逃げ回った。



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