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〜 表情 〜



  合唱をする上で、顔の表情は曲の表現と同じくくらい重要な要素である。
  頬の筋肉が落ちていたら、明るい声を表現できない。
  顔の筋肉を使わずに腹話術の要領で高い声は出せても、
  その声だけでは喜びや弾む心を表現しづらい。
  また、笑った顔で暗い声は表現できない。
  冬の荒れ狂う海やレクイエムを笑った顔で歌うと、違う歌に聞こえる。
  顔の一部をちょっと意識するだけで、声の高さや声色が変わる。

  彼女はフェイストレーニングがとても好きであった。
  鏡に向かって様々な顔の筋肉を動かしてみると、
  自分の顔がいろんな印象を相手に与えることがわかった。

  目をカッと大きく見開き、黒目をすべてみえるようにする。
  目の大きさを変えず、目線を上にあげてみる。
  顔はまっすぐ前を向いた状態で、上のまつげをゆっくり下に向ける。
  上のまぶたを目の半分くらいに下ろしてみる。
  上のまぶたを1ミリだけ上にあげてみる。
  目はまったく動かさず、まゆ毛のみを上げてみる。
  まゆも目もおおきく上にあげてみる…

  目と目線、まゆ毛、まつげの動きを挙げるだけでもきりがない。
  ここに頬の筋肉の動き、口の動きを加えるとさらに表現の幅が広がる。
  普通に歌を歌うときは、高い音であろうと低い音であろうと明るい声が好まれる。
  常に笑顔で歌うことは簡単なようだが、実は途中で素の顔になっていることが多い。
  意識するだけでなく、意識しつづけることが大事なのである。

  歌詞のある曲では、一番遠くにいる人にも言葉と意味を伝えることが必要となる。
  すべてのお客様が、歌を初めて聞き、歌詞を知らない前提で表現する。
  たとえば「光」の表現
  暗闇に差す一筋の光、やわらかい光、気分まで明るくする光、すべてを照らし出すまばゆい光…
  「光」という言葉の持つ意味だけでなく、その場面の情景やこころの動きを
  音、発音での表現だけでなく、顔の演技で表す技術も必要だった。

  顔の表情と声色の関係がわかると、それは日常生活でも生かされた。
  人と会うとき、電話で話をするとき、大勢の前で話をするとき。
  彼女は顔で表現する訓練ばかりしていたので、感情をストレートに出すことは得意になった。
  逆に感情を抑えること、隠すことはとても苦手であった。


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