herstory  

〜 家庭教師 〜



  学生時代、彼女がしたアルバイトのひとつに家庭教師がある。
  どこの団体にも所属していなかったので、個人でリビング紙に3行広告を出した。
  運よく一番最初に掲載されたこともあって、電話が1日に8件かかってきた。
  大学でも部活動に燃えていた彼女にはすべてを受け入れる時間がなかった。
  仕方なく一番最初にかかってきた小学5年生の男の子のところに行くことにした。
  
  彼女は初めて「先生」と呼ばれることになった。
  小学校の頃からごっこ遊びでテストの丸つけをしたり、先生の真似事をしたりするのが好きだった彼女は
  自分の立場をとても気に入った。
 
  ワンパクなサッカー少年を合計2時間座らせて学習させるのは簡単なことではなかった。
  すぐに集中力がなくなり、鉛筆を投げ出す少年に対し、
  ちょっとの進歩でも誉めまくり、緊張感がなくなると厳しさをみせ、粘り強く付き合った。
  大人の彼女だとすぐに解ける問題を、わからない子にどう説明するかは非常に難しかった。
  難しい言葉を使いそうになるのを、少しでもやさしい言葉に直す必要があった。
  算数では一つ一つ絵や図を書いて説明し、国語では一緒に何度も音読して耳と口で日本語に親しませた。  

  休憩時間には勉強時間とは違うイキイキとした姿を見せる少年と少しでも話をあわせるために、
  彼女は今まであまり興味のなかったサッカーの中継をみたり、小学校で流行っているものを意識してみたりした。
  休憩時間の会話が盛り上がるようになると、次第に少年は休憩と勉強時間にメリハリをつけて学習するようになった。
  少年との信頼関係ができ勉強が進むようになると、面白いくらいに少年の成績は上がった。
  少年が中学に上がり進学塾にいくようになると、少年の母親はいとこを紹介してくれ、
  彼女は別の子どもの指導をすることができた。

  合唱指揮は大勢の前に立って指揮指導を進めていく、いわば一斉授業である。
  毎回120分の練習の組み立てを考え、下準備と自分の指揮の練習をする。
  多人数をこなす際に効率よく、また一人舞台で華やかではあるが、
  誰かついてこれない人がでてきたら、その場で進行を中断させて集中練習をするか、
  とりあえずそのまま進めて、別の時間を確保しその人の対応をする必要がある。
  家庭教師はマンツーマンの個別指導。
  長い時間を一人の子だけに使うという意味では、1日に接する人数は少ないが、
  その子一人だけの学力、性格、状況を考えて120分の組み立てをするのはやりやすかった。
  



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