herstory
〜 む 〜
彼女は百人一首が大好きであった。
母親に買ってもらった「まんが百人一首」の本を
ぼろぼろになって破けても毎日くりかえし読んだ。
小学6年生の時、百人一首クラブに入ることができた時は小躍りして喜んだ。
むすめふさほせ
百人一首で、最初の一文字で下の句が限定される7首のあたまをとったものである。
これらを先に覚えて、勝負のときに最初の文字が発音された瞬間に下の句を取る快感はたまらない。
「村雨の 露もまだひぬ 槙の葉に 霧立ち上る 秋の夕暮れ」
彼女はこの句がなぜか一番好きだった。
絶対にこの句だけは相手に取られないために、並べているときから
「きりたちのほるあきのゆふくれ」の札だけは必ず意識した。
「む…き、む…き、む〜き、む〜き、むき、むき…」
彼女は試合中ずっとあたまのなかでとなえ続けた。
静まり返る場。
緊張感で呼吸するのさえためらわれる。
「きりぎりす〜」
バシッ
彼女はつい「き」という言葉に反応してお手つきをしてしまった。
そのせいで相手に得意札がばれてしまった。
その動揺から立ち直る前に
「むらさめの〜」
ピシッ
相手にあっさり得意札を取られてしまった。
一兎しか追っていなかったにもかかわらず一兎も得られなかった彼女は
結局勝負まで逃してしまった。