herstory
〜 弟 〜
彼女の弟は障害者である。
生まれつき言葉をしゃべるができず、知能は一定以上にあがらない。
それでも母の数年に渡る絶え間ない努力で、日常会話は半分以上理解しているようである。
弟自身母の訓練を受け続け、生活に不自由しないくらいの表現をジェスチャーや声でできるようになった。
ただ、ある時完全に意思を伝えることができない苦しみに弟はひとり静かに泣いていたことがあった。
そんな弟の姿に彼女と母はそれぞれ密かに涙をぬぐった。
母のたゆまぬ愛情と信念は弟の身体に変化を生み出した。
矯正具がなければまともに歩けなかった子ども時代もあったが、
養護学校にあがるころにはすっかり丈夫になり、
トランポリンや遊具が大好きで常に走り回る元気な体となった。
父・母・彼女の3人がかりでも引きずられるくらい力も強くなった。
それでも毎月弟はてんかん発作を起こし、顔は土色、唇は紫、呼吸困難な状況で死と対面する。
初めての発作に直面した時はただただ驚き、取り乱して救急車を呼んだ。
全身を硬直させて大きい痙攣が続く。
どうすればいいかわからない、何もしてあげられない、苦しむ姿の弟を前にただおろおろするしかない。
最初の発作から10年以上経った今でも、発作が収まるまではただじっと見守るしかない。
数年前痙攣している間に頭を床に強打し続け、前歯が折れてなくなっている。
彼女は物心ついたときからとても恵まれていた。
健康であること、会話をすることができること、一人で生活できること、仕事をすることができること…
今彼女は親から独立して一人暮らしをしているが、時期が来たら弟の世話をするつもりでいる。
いままで自分だけが幸せな生活をしていることに対するお詫びと
弟の分もあわせて自由に動くことを許してくれたことに感謝の気持ちをこめて。
時が来れば仕事を辞めることになるかもしれないが、
もしも明日その時期がきたとしても大丈夫なように、
悔いを残さない仕事を、そして残された会社の人に迷惑をかけないような仕事を常に心がけている。
そして見えない期限があることが彼女の生活をさらに充実させている。