herstory
〜 礼 〜
ホテルでのアルバイトは休日の婚礼配膳サービスだけではなく、
平日はレストランと喫茶店でのサービスがあった。
そこで彼女が新鮮に思ったことは、まずお水とおしぼりを出しただけでお客様に「ありがとう」といわれたことである。
そしてケーキやコーヒーを出したときにも「ありがとう」といわれることが多かった。
彼女自身も彼女の周りでも、ペコリと頭を下げたり笑顔で返したりすることは珍しいことではなかったが、
言葉にだして「ありがとう」ということはあまりなかった。
とてもささいなことかもしれないが、彼女はお客様に「ありがとう」といわれるたびにとても幸せな気分になった。
そして彼女もお客様に対して感謝の気持ち、心をこめたサービスをした。
レストランでも、食事が運ばれた時にきどった様子なく自然に「ありがとう」と言うお客様が多いことに気づいた。
今まで彼女は自分がレストランに行ったとき、料理が運ばれてくるとその料理にばかり意識がいってしまって、
運んできてくれた人に対しての感謝の心をもつことを忘れていた。
どのようなサービスに対しても「お金払っている客なんだからサービスされて当然」という態度を取る方と
「サービスしてくれてありがとう」という態度を取る方がいる。
彼女は自分はサービスを受ける場において後者でありたいと思った。
初めてのアルバイトは居酒屋の接客だった。
「同じ焼き魚でも人によって食べ方がちがう。
サラリーマンはたくさん注文してくれるありがたいお客だが、きれいに食べる人は少ない。
骨に身がたくさんついている状態で残していたり、きたなく食べ散らかしていることが多い。
一番きれいに食べるのは肉体労働者。
みてごらん、彼らは本当にきれいに魚を食べる。
あまりたくさんは注文しないけど、あれだけ残さずきれいに食べてくれると料理する立場からするととてもうれしい。」
もともと彼女は母親から食べ物は残さず食べなさいときびしくしつけられていたが、
店長の言葉にこれからもその教えはまもっていこうと心に決めた。