herstory  

〜 留守番 〜


  
  穏やかな一日。
  彼女はひとり留守番をしていた。
  母は買い物に出かけて随分たつ。
  マンションの部屋の中で、子猫といっしょにじゃれていると
  それだけであっという間に楽しい時間は過ぎていった。

  ピンポーン
  「はーい。」
  それはマンションの管理人であった。
  彼女の顔に緊張感がはしる。
  そのマンションでは動物を飼う事は禁止されていた。
  野良猫をひろってから随分たっていた。
  だんだんなついてくるともう捨てることはできなかった。

  「マンションの方からこのうちで猫をかっているという電話があったんだけど。」
  管理人の言葉に彼女の顔はこわばった。
  宅八郎そっくりの管理人は、髪を振り乱しいろいろとまくしたてるが
  彼女の耳にはもう何も入ってはいなかった。
  「はあ…はあ…」
  肯定とも否定ともいえないあいまいな返事を繰り返す。
  ドアを開ける前に子猫を部屋に閉じ込めたため、
  猫の姿は管理人に見られることはなかった。

  そのうちに管理人は、手ごたえのない彼女の反応に疲れた様子を見せた。
  最後にドアから部屋の中をのぞきこんで猫の姿を確認できないと
  管理人はじろりと彼女をにらんで引っ込んだ。
  しかし、ドアを閉めてからも
  管理人が周りをぐるぐると歩き回っているのが窓から見えた。
  
  彼女は非常に動揺していた。
  彼女はベランダから洗濯物を取り込むとたたみ始めた。
  すべてたたみ終えると黙々とアイロンがけを始めた。
  昔から大きなショックを受けた時、彼女はいつも洗濯物をひたすらたたんだ。
  無心になるためにアイロンがけをしつづけた。
  大粒の涙が目からこぼれても、
  彼女はそれをぬぐうことなくひたすらアイロンがけをした。
  あごから涙がたたみ終わったシャツに落ち、
  乾いたシャツにぽっぽっと花が咲いた。

  しばらくするとあきらめたのか管理人の姿は消えた。
  彼女は一時的に留守を守った。
  しかし数日後、子猫は別の場所に移された。
  



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