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〜 選曲 〜



  conductorとしての最初の仕事は選曲である。
  彼女は選曲にとにかく時間をかけた。
  休日暇さえあれば楽器店の楽譜コーナーでねばった。
  次に来た時に新しく入った曲がすぐにわかるくらいであった。
  
  コンクール用の曲は、アカペラの曲を好んで選んだ。
  少人数の団でも多人数の団と聞き劣りしないように、技術的に難しい曲を積極的に選んだ。
  簡単な曲を完璧に仕上げるより、不完全でも難しい曲で挑戦するのが好きであった。
  コンクールの選曲はフィギュアスケートの演技の組み立てと似ていると彼女は思った。
  
  定期演奏会用の曲は合唱に縁のない人でも聞きやすい曲を必ず入れるようにした。
  歌詞が面白く、言葉遊びの要素のあるもの、
  TVで聞いたことのある歌、映画音楽、洋楽、流行の歌
  童謡、唱歌、音楽の教科書に載っていたような歌
  そこに顔の表情での演技、振り付け、小物使い、照明の工夫などを付け加える。
  来てくださったお客様が眠くならないステージを企画するのは、
  好きな人へのプレゼント選びと同じくらいわくわくした。

  演奏会の最終ステージや他の団とのジョイントコンサートで業界関係者の多い場面では
  フォルテ(大きく演奏)が多く、ラストが華々しく終わるものを好んだ。
  こめかみの血管が浮き上がり、腹筋が痙攣するくらい大きな声を長く出し続け、
  最後の力を振り絞って歌いきった瞬間に拍手が重なり、感動のフィナーレ!
  お客様に、人体という楽器がいかに素晴らしいものかを、耳だけでなく皮膚で感じて欲しかった。
  アンケートに「鳥肌がたちました」という感想があると彼女は自分の演奏の成功を実感できた。

  彼女はとにかく自己満足の演奏会にだけはしたくなかった。
  「完璧な演奏ができてよかった」というよりも
  「お客様に喜んでもらってよかった」という結果になるように努めた。



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