herstory
〜 手塚治虫 〜
彼女が手塚治虫の漫画に出会ったのは小学生の頃。
いとこの家に遊びに泊りがけで行ったときに、
そこに「ブラックジャック」の単行本がそろっていた。
彼女はまだ子どもで手塚漫画の奥深さをそのときにはすべて理解していなかったが、
病気と戦うこと、生命を大事にすることを考えながら読んだ。
彼女は滞在中、毎晩むさぼるように読んだ。
次にめぐり合ったのは中学の頃。
図書館に手塚漫画が「火の鳥〜望郷編」一冊だけあった。
女の強さと悲しさ、人間の良さと悪さ、手塚治虫の訴えかけるメッセージに夢中になった。
それから彼女は火の鳥のハードカバー10数冊を集めるために小遣いをため、
書店をまわってはあるだけ買ってかえった。
手塚治虫の漫画はかならずしもハッピーエンドではなかった。
少女マンガの甘くせつなく、でもかならず幸せな展開しか知らなかった彼女にとって
手塚治虫はダークな大人の漫画であった。
結末のあまりの悲しさに、目を閉じれば3秒で眠れる彼女ですら眠れないこともあった。
人間の心の暗い部分の描写に、食欲の塊の彼女ですら食事がのどに通らないこともあった。
誠実だった人間が富や名声のためにどんどん変わっていく姿はショックだったが、
自分もそうなる可能性をもっていることを教えてくれた。
しかし、「ブラックジャック」にせよ「火の鳥」にせよ、他の作品にせよ、
人間の愚かさを嘆き、悪の部分を鋭く描きながらも、
どこかで「善」の部分に期待せずにはいられない手塚治虫の想いが随所にこめられている。
その思いは確かに彼女のなかにも受け継がれた。