herstory  

〜 強さ 〜



  彼女は小さい頃から強い人になりたかった。
  強い人に憧れた。
  いじめられても耐えられるくらい強い人間になりたかった。
  他人のいじめに加わらない強さをもつ人間になりたかった。
  楽な方向に行きがちな自分に負けない強さを持ちたかった。
  
  高校時代のクラスメートHは気が強いわけでも、力が強いわけでも、発言力があるわけでもなかった。
  一緒になった2年間、Hが怒った姿を一度もみたことがなかった。
  面白いことをいって場を和ませることが多かった。
  Hのジョークは下品さや不快さは少しもなく、知性や頭の回転の速さが感じられるものばかりであった。
  Hは前にでるタイプではなかったので、リーダーシップをとることもほとんどなかった。
  ただ、自分の信念と違うことには、友人の誘いがあっても決してのらなかった。
  彼女は、確固とした自分をもっているHに憧れた。

  Hに憧れていたにもかかわらず、彼女は大人になるにつれて、どんどん気だけが強くなった。
  知識と経験が増すにつれてプライドも高くなった。
  それはconductorとして振る舞う時には、便利な要素であった。
  しかしそれ以外の場面では、その性格ゆえに敵を作ることも少なからずあった。

  彼女はよく「あなたは強い人だ」と言われた。
  そう言われることが嫌ではなかったが、
  人前では常に「強い自分」でいないといけないと思い込んだ。
  ますます人に弱みを見せることができなくなった。

  そんな彼女も心が弱くなることもあった。
  普段堅い殻で自分を守っているだけに、ひとつ殻に穴があくとぼろぼろと殻は崩れていった。
  殻を作り直すのに時間がかかった。
  体の中を浄化するように一日中涙を流しつづけることもあった。
  現実を避けるかのごとく一日中眠りつづけることもあった。
  それでもまた殻を作るのに成功すると、
  彼女は翌日から「強い人」として人前に出ていくのであった。



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