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〜 和音 〜


  
  音を重ね、和音を作る。
  彼女の好きな練習のひとつ。

  アルトが豊かな声で出す「ド」
  そこにメゾがさわやかに「ミ」を響かせる。
  最後に明るくふんわりと「ソ」を乗せるソプラノ。
  3つの音が重なった瞬間、
  一度ブレスをとって3パート同時に和音を響かせる。
  そして半音上げてまたドミソの音を重ねていく。
  
  単純な練習のくり返し。
  集中力が途切れるとすぐに音が崩れる。
  3つのパートでどのバランスが崩れても美しい響きは生まれない。
  この練習だけでかなりの気力を体力を消耗する。

  しかし時に声と音がぴたっとはまると、倍音といわれる音が聞こえてくる。
  けがれなきハーモニーが生まれた瞬間、
  誰も出していないはずの高い「ド」の音が聞こえてくるのだ。
  空気の振動が生む第4のパート。
  それは天上の響き。
  この倍音をもう一度体感するために単純練習を繰り返す。
  そしてこれが、曲の中での一瞬のハーモニー作りに役立つ。

  10分のステージのために、いったいどれだけの時間をついやしたことか。
  0.5秒の和音の響きのために、いったいどれだけの発声練習をしたことか。
  
  外に見えるものの後ろにあるものの大きいこと。
  氷山の一角、花を支える茎と根、言葉の裏にある思い
  
  和音が崩れ、倍音が消えても
  また新たな音を重ねていく。
  美しい次のハーモニーを生むために。



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