herstory
〜 words 〜
経験と思いの満ちたことばは人の心に響く
自分を叱る時、自分を励ます時、自分を癒す時、自分を誉める時
彼女は名言の力を借りた。
けれども彼女が一番感動したことばは含蓄のあるものではなかった。
ことばにならないことば
深い意味をふくまないことばであった。
母音と子音の組み合わせでことばは発音される。
こどもが最初に発音するものは母音の連続であることが多い。
「あー」「いー」「うー」「おー」「たー」「ぱー」
これらのことばは彼女の弟が発音できることばである。
彼女の母は自分の息子がことばを話すことができないとわかっていながらも
小さい頃からたくさんのことばをかけていた。
そのことにより彼女の弟も生活に必要なことばの意味はほとんど理解できるようになっていた。
ことばとして単語をしゃべることはできないが、
声を出すことはできた。
「あ」という発音を自分の意志により発音できるようになったら
母の発音を聞いて、口の動きをまねて
「い」「う」「お」ということばを得るのはそう長くかかることではなかった。
「え」ということばは難しいのかうまく表現することができない。
子音のなかでも破裂音にあたる「t」「p」を使った「た」と「ぱ」
弟は自分の名前の最初の文字の「た」ということばを
毎日毎日聞くことによって発音できるようになった。
偶然の口の動きが生んだ「ぱ」
母はことばの組み合わせで「パパ」と発音させようと何度も練習させた。
連続のことばは非常に難しくなかなかできなかったが
「ぱっ。ぱっ」と2回発音させることには成功した。
普段全員が父を「おとうさん」と呼んでいたこともあって
弟は「パパ」=「父」とは結びつかなかった。
「ぱっぱっ」といえば父の運転で家族4人で外出することだと勘違いしていた。
休日出かけたいときには「ぱっぱっぱっ」と覚えたことばを連発させた。
今では「あ」という母音のみで様々な表現をできるようになった。
トイレにいきたい時、嬉しい時、怒っている時、悲しい時、誰かを呼ぶ時
すべて「あ」という母音のみでの表現だが
それでも生活するのに十分な表現ができるようになった。
彼女の弟がことばを得ることができたのは
ひとえに母の話しかけ、ことばがけ、訓練の賜物である。
いったい何歳の時に最初の「あ」の発音ができるようになって
最後の「ぱ」を何歳の時に発音できるようになったのか覚えていない。
それでも彼女はそれぞれの時の瞬間を、感動を忘れない。