herstory
〜 役職 〜
頼られると断わるのが苦手な彼女はグループの何かの役につくことが多かった。
小学校では学級委員、児童会総務委員、
中学校では学級委員、副部長、
高校では副室長、conductor、ソプラノパートリーダー、
大学では学生寮の委員、学生指揮者、ソプラノパートリーダー…
部活動の役職は受験、就職活動、卒論などへの配慮から中学2年、高校2年、大学3回生が受け持った。
そうなると自分よりも先輩に対して指導することになる。
経験も年齢も先輩の人、年齢は先輩だが合唱経験は彼女のほうが長いという人、
部活動において先輩はたてるのが当然だが、
役職ゆえ時には厳しいことを先輩に言わなくてはならない。
演奏会でお客様に満足していただける質の高い演奏を目指す上で妥協したくなかった。
そのためにも彼女は技術と説得力をつけるための努力を惜しまなかった。
楽典を読み、音楽用語辞典を買い、独学ではあったが作曲家がなぜこの場所にこの記号をつけているのかを楽譜から読み取り、
歌の指導の際に論理的に説明できるようにした。
そして自分が作りたい曲のイメージを、口で指示するだけでなく、指揮や表情といった体で表現できるように指揮法の技術向上に努めた。
どこかで合唱や指揮の講習があればお金を出してでも受けに行き、
他団の演奏会には都合がつく限り見に行って他人の指揮や曲作りの技術を盗んで帰った。
日本語の持つ意味とイメージ、母音と子音から受ける印象、詩の韻やリズムといった歌詞の研究にも力を入れた。
彼女はソプラノだったが、アルトの指導が歌で実演できるように自分の低音の発声の強化もした。
新しい曲を初めて練習するときには、2時間の練習のために数日前から合計30時間以上かけて下準備をした。
そして先輩に対する言葉遣いと態度だけはどんな状況でも気をつけた。
この姿勢は先輩たちにも伝わった。
「大変な後輩をもった」と思っている先輩も少なくなかったが、彼女の足を引っ張る人は誰もいなかった。
どの先輩も例外なく、曲作りや指揮指導で改善点を彼女に親身にアドバイスしてくれた。
「嫌いな先輩がいない」ことを彼女は本当に幸せに感じた。
彼女は役職の付いている場面ではその役割を演じるために性格と行動を変えた。
家での顔、クラスでの顔、部活での顔…
自分でもおかしいくらい3つの顔は違っていた。